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Jun 16, 2004

織田信長&明智光秀→和解

 本能寺の変から422年ぶりに、織田信長、明智光秀の両氏が和解しました。

 織田信長と明智光秀の子孫がこのほど、京都・中京区の本能寺で対面、信長が光秀に討たれた本能寺の変(1582年6月2日)から422年ぶりに和解を果たした。大阪日刊スポーツ・なにわWEB・芸能情報

 どうでも良い。

 競馬で言うと、ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイタリーアークの子孫が同一レースで競走するようなものか。いや、分んなくていいから。

 とにかく、織田信長の子孫って言ったって、以前「信長の末裔」と言う記事にも書いたが、信長の2親等以内だって何十人も居るのだから、子孫に至ると相当数居るはずなのだ。

 今回に限っては織田宗家の13代目と言うから由緒正しいのだが、問題なのは明智家の人選で、こちらは「流れを汲む」と言う微妙なニュアンス。実の所、明智光秀の父親に至っても諸説がある位なので、本当に流れを汲んでいるのかと言うのは、この記事を読む限りでどうだろうと思う。少なくとも直系ではないのだろう。

 まぁ、この再会が、和解ではなく切り合いだったら一大事なのだが。

 しかしながら、422年を経た今、改めて織田と明智の血が巡り合せる再会と言う事なので、もしかしたら何かあるかもしれません。ええ、何か。興味がある方は17日の報道ステーションを見られてはどうだろうか。

 422年後、お互いが敵対視している同級生と自分の子孫が、自分達を巡って再会、なんて事はやはり無いだろうから。そう考えると、やはり二人共に教科書に名を連ねる人物だけはある。

#しかし、結局両者とも、片方を語るときには片方の名前が欠かせないんだよな。名コンビ。

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